CALMな時間

Everything is made from a dream

なおちとせ 3話

注意

 この物語にはフレンドリーな描写が含まれています。


3話 新しい道


 「ここまでだな。ナイフを捨てれば命は助けてやる」

「そっちこそナイフをすてろ!」

「わからない奴だな。いいだろう。ソースカツ定食の千切りキャベツみたいにしてやる!」

その瞬間、銃声が部屋全体に響いた。

「くっ、バカな…」

直人はすぐ脇のソファーに倒れた。

「ナイフでたたかうつもりだったのか?」

そう言うと千歳は時計を見て、何かを思い出したかのようにテレビのリモコンのスイッチを押した。

「もう始まってるじゃん」

千歳はテレビのすぐ前に立つと、ソファーに倒れていた直人が起き上がった。

「テレビ近すぎると目悪くすっぞー」

そう言われた千歳は空砲しか撃てないモデルガンを置いてソファーに座った。

千歳が毎週観ている特撮ヒーローの番組を観ている間、直人は朝食をテーブルに運んだ。

「ちとせー、朝ごはん」

千歳はテレビの方を見ながらソファーから椅子へと移った。アニメを観たり戦隊ヒーローを観たりと、千歳にとって朝は忙しいらしい。

「いただきます」

千歳は焼いたばかりのシャケの切り身をパクパク食べた。

「今日のシャケは美味しいか?」

「うん、おーしぃーよぉ」

「骨食うなよ」

「うん」

直人も朝食を食べながら、千歳が観ているテレビの方を見た。

「なぁ、この変身した主人公みたいなのは、何ていうんだ?」

「あれはシーフード仮面っていうの。すっごいおもしろいワザを使うんだよ」

「なるほど…」

ヒーローの格好良さはユーモアの前に敗れたり…か。

「ちとせ。前から思ってたんだが、何でヒーローはトゥーとかソリャーって言うんかな。ヨイショーとか普通は言いそうじゃね?」

「それはちゃんとセリフをかんがえてるからだよ」

「…ごもっともです」

「みて!ひっさつワザ使うよ!」

「ん?」

直人が再びテレビを観ると、魚介類仮面やらが悪そうな怪物の前でポーズをとっていた。

「ああ、ちとせ。この後なんだけど…」

「ほらみて、おもしろいでしょ?」

「この後、俺の新しい仕事の場所に行くんだけどさ」

「病院?」

「そー。今日は挨拶だけになるけど、もう少ししたら行くからな」

「はーい」

朝食を食べ終え、二人は着替えを済ませると、車に乗った。

「ねぇ、かぜひいた時にのむおくすりも病院で作ってるんでしょ?」

「ああ」

「思ったんだけど、なんでも溶かしちゃう液体って何にしまうのかなぁ」

「いや、それ薬じゃないし、科学者じゃないから分からん」

10分もかからないで踏切を渡り、綺麗に舗装された道路が見える所に来た。

「見えてきた」

そこには千歳が東京で見た病院とほぼ同じ大きさの病院があった。直人は広い駐車場の、スタッフ用の場所に車を停めた。

「ちとせ、病院の中は静かにな」

「はいな」

直人は受付で案内を聞こうとすると。

「おはようございます」と受付の人は笑顔で挨拶をし、部屋の案内をした。

指示通り、二人は上の階へと登った。

「おかしいなぁ」

「ん?」

「さっきからスタッフどころか、患者さんともすれ違わない」

「まだあさだから?」

「いや、朝食後だから、誰かしらいるはずなんだけど…」

案内された通り、直人はその部屋の扉を開けた。

「おはようござ…」

「待ってました!」

同時に多くの人の拍手が聞こえる。そこにはこの病院内のスタッフほとんどと患者さん達まで直人と千歳を囲んでいた。

「あの、これは…」

「お帰り、直人くん」

ここの委員長先生であろう人が言った。

「いやー、また会う日が来るなんてね。しかもこの病院で働いてくれるなんて」

「…そうですね」

「あれ、直人くんのお嬢さん?」

「あ、ほら挨拶」

「こんにちは!ちとせです」

「元気だねぇ。ちょっとだけお父さんとお話があるから、えー、その間は…」

「あ、私が見ています」

一人の看護師が前へ出た。

「じゃあ頼むよ」

「おいで、ちとせちゃん」

千歳が看護師についていくのを見届けると、委員長先生は直人を連れて、院内を案内した。

「それにしても、直人くんもちとせちゃんも元気そうでよかったよ。辛い思いをしたままだと、この仕事も手を付けにくくなるからね」

「それで、さっきのを?」

「それもあるけど、若い人がここに来るのは久しぶりだから、ちょっとでも緊張を解いてもらいたいと思ってね」

一通り、病院内を一周すると元の部屋に戻った。

「まだ初日だし、そのうち覚えていくよ」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、また明日からよろしく」

「はい、よろしくお願いします」

直人はさっき看護師と千歳が入っていった部屋の扉を開けた。

「ちとせー」

千歳は看護師と本を読んでいた。

「あ、おわったの?」

「おう」

千歳は本を本棚にしまうと、直人の方へ行った。

「すいません、ありがとうございます」

「いいのいいの、ちとせちゃん良い子ね。久し振りに子供の相手ができて良かったわ」

二人はお礼を言うと病院を後にした。

車に乗る前に直人は病院の方に振り返ると「ちとせ、俺はこの病院で生まれたんだよ」と呟くように言った。

「この病院で?」

「ああ、燈と同じこの病院で」

直人は車を走らせた。

「そうだ、明日からまた仕事だから今のうちにいろいろ買いに行くか」

「なおはしごと楽しい?」

「楽しいっていうか、まぁやりがいがあるしな」

「やりがい?」

「うーん、誰かのために良いことができるって事かな」

「なるほどー」

「あ、まだ聞いてなかったけど、ちとせは将来何になりたいんだ?」

「えーっとね…んー…。おしごと?」

「今それを考えてたんじゃないのか?」

「そうだけど…」

「小学生になってからでも、夢なんか選び放題だからなぁ」

「なおはどんなゆめがあったの?」

「え、俺は…俺はまだ探し中かな」

「おとななのに?」

「大人だって夢を持つよ」

「そうなんだー」

「まっ、ゆっくり考えーい。でもその前に学校で勉強しないとな」

「べんきょうって、かんじをおぼえたりけいさんもするんでしょ?」

「そうだな。んだが、その前にちとせの勉強机を買いに行かなきゃな。まだ部屋の家具もあんまり無いんだし」

直人は自宅に車を停めると、また着替えをして外へ出た。

「バラしたとしても、アルファードで机を運ぶのはちょっと厳しいな」

「どうするの?」

「アレを使う…」

「まさか」

「そのまさかだ。ついて来い」

直人は自宅にから徒歩で道へ出た。

「何処へ行くの?」

「ふっふっふー。まだ教えん。着いてからのお楽しみ」

「おたのしみぃ?」

二人は自宅のある集落を出て、辺り一面に広がる田んぼ道を歩いた。

すれ違うトラクターのドライバーや、散歩をしている人達に挨拶を繰り返していた千歳が斜め前に見える磐梯山を指差した。

「あればんだいさん?」

「そーだな」

「おっきいね!」

「おおきいな」

田んぼ道を抜け、上に高速道路が通るトンネルをくぐると、また別の集落へと二人は到着した。

「ここだ」

直人は集落の中では大きめの屋敷が立つ敷地へと入ると、インターホンも鳴らさずにスライド式の広い玄関を開けた。

「ただいまー」

直人はそう言いながら勝手に上がった。

「ここおじいちゃんちでしょ?」

「そう、俺の方のな」

すると和室から直人の父親が顔を出した。

「ああ、直人か」

「ん、今日まで時間あるから少し寄って行くよ」

「あっ、おじいちゃんだ」

「久しぶりだねちとせ。新しいお家はどうだい?」

「うん、でっかいせんぷうきがあったり、すんごくおしゃれ」

「それはよかった」

直人の父は笑顔で和室へ案内した。

「大変だね。来てからもう仕事か」

「ああ…。そうそう、軽トラを借りたいんだ。ちとせの机を買いに行こうと思って」

「いいよ。鍵はいつものとこだし」

「もしかしたら、しばらく借りっぱなしかも知んない」

「あ、それなら、そのままで良いよ」

「え?」

「ちょうど買い換えようと思っててね」

「またかよ。よくそんな余裕あるよな」

その時、直人の母が部屋へ入ってきた。

「やっぱり来てたのね。いらっしゃい、ちとせ」

「こんにちは!」

「ちょっと待ってね。今お茶持ってくるから」

そう言うと、直人の母は冷えた麦茶と菓子を持って戻ってきた。

それから軽く雑談をするつもりが、気がつくと時刻は昼時になっていた。

「お昼食べてく?」

直人の母が言い、そのまま二人は昼飯を食べて行くことになった。

昼飯を食べ終え、直人は千歳を連れて玄関へ向かうと、思い出したかのように振り返った。

「あぁ、そうだ。もしかして円奈の(まどな)机ってまだあるのか?」

「いやもう、結構前に処分しちゃったわよ」

「そうか…。じゃあまたそのうち来る」

軽トラに乗ると、直人はデパートが建ち並ぶ街の方へと車を走らせた。

「なお。コレはなに?」

千歳は車のドアに付いているレバーを指差した。

「ん?ああ、それは窓を開けるやつ」

「まわせばあくの?」

「そう。やってみ」

千歳はレバーをくるくる回して窓を開けてみた。ちょうどその時、外に桜の木が何本か見えた。

「さくらキレイだね!」

「満開だなぁ」

そこから近くの大型家具店の駐車場に車を停めて、中へ入った。

「机とかは2階だな」

エスカレーターで2階へ上がると、ベッドやテレビなどの家具がフロア一面に並んでいた。

「ちとせ。机は奥の…って」

いつの間にか千歳が後ろにいない。いつものお約束だ。

「すっごいふかふか」

千歳はベッドの上座っていた。

「ふかふかじゃなかったら買いたくないな。ほら、机見に行くぞ」

机はシンプルな勉強机からデスク、ベッドとの組み合わせなど豊富な種類があった。

「勉強机はこの辺りだな。どれが良いとかあるか?」

「うーん…。ちょっと考えさせて」

「おう」

千歳は一つ一つの勉強机の椅子に座ったり、引き出しをいじったりした。

「コレいいね」

「おん」

「やっぱりこっち」

「ん」

「あー、たながあるほうがいいかなぁ」

直人が思っていた通り、なかなか決まらない。

「ちとせ、日が暮れるぞ。今日はもう一つ買う物があるからな」

「もうひとつ?」

「ほら、先に机選ばないと。どれで迷ってるんだ?」

「えっと、これと、ベッドとくっついてるのと…」

「ベッド付きか。お前いつの間に一人で寝れるようになったんだ?」

「あっ、やっぱりそれはなし!」

「んー、コレなんかは?棚を組み合わせたりできるし、子供っぽくないから長く使えるんじゃないか?」

直人が一つの勉強机を指差した。

「それいい!」

「単純だな。本当にコレで良いのか?」

直人は近くに店員がいないかと周りを見渡すと、一人の店員と目が合った。その店員は軽く笑うと急ぎ足で直人の方へと駆け寄った。

「お決まりですか?」

普通、いきなりお決まりですか?はないだろうと思いながらも直人は言葉を返した。

「コレをください…。って言おうとしたけど、やっぱりいらないです」

千歳が驚いて直人の顔を見上げる。

「保冷剤ほどじゃないけど、お金が固くなっていてね」

「冷やかしではないけれど、財布の紐は固いとおっしゃってるのですね?」

直人と店員は笑った。

「ああ、この人は高校の時の後輩だよ」

「ちとせです」

「こんにちはちとせちゃん。机を探しているの?」

「うん。えっと、コレください!」

「はーい。今新品をお持ちしますので、そちらにお掛けになってお待ちくださーい」

「ちょ…って、行っちまった」

「かうんだから、いいんじゃないの?」

「買うのは俺なんだけどな」

会計を済ませた直人は、まだ組み立てられていない机が入ったいくつもの大きな箱を軽トラックの荷台に乗せると、また別の店へ車を走らせた。

「どこ行くの?」

「すげー良いものを買いに行く。ちとせが欲しいって思っている物だ」

机を買った店から、そう長い距離は走らず、また大きなある店へと車を停める。

「あ、じてんしゃ!」

その店は大型の自転車専門店だった。

「そっ。これからちとせの自転車を選ぶ」

店内には一般的なカゴ付きの自転車から、スポーツ用など、壁にまで自転車が置かれていた。

「ちとせ、子供用のはこの辺だ」

「うん」

子供用の中でも、細かく種類が分かれていた。千歳は子供用というよりは、少しシンプルなカゴ付き自転車を一台一台見て回っていた。

「この辺が良いかもな」

「うーん…。でもこれ、みんな同じののってそう」

「いや、自転車なんてだいたいそうだろ」

千歳はその斜め先に並べられているマウンテンバイクを見つけると、そっちを見て回った。

「マウンテンバイクが良いのか?」

「なおもこれに似てるののってるよね」

「ああ、そうだな。これだと砂利道とかでも楽に走れるんだぜ」

千歳はマウンテンバイクが気になる様子で、しばらくその辺りを見ていた。それからようやく決まったのか、千歳は直人をチラッと見ると、一台の自転車を指差した。

「これ、このかたちが好き!」

千歳が指差したのは、タイヤの小さい折りたたみ式のマウンテンバイクだった。

「ああ、いいんじゃないか」

「おりたたみしきだって」

「そうだな。これなら車に積んで、出かけ先でも乗れるな。本当にこれでいいか?」

「うん!」

直人は軽トラックの荷台の、さっき買った組み立てられていない机の隣に自転車を積んだ。

「いよいよちとせも自転車デビューか。帰ったら早速練習するか?」

「するする!今日のれるようになるかなぁ?」

「ははは、1日じゃあ難しいなー。でも頑張ればいけるかもな」

車は街を抜け、大きな川を渡る橋へと差し掛かった。橋へ上がる坂道を走らせながら直人が言った。

「ちとせ。この坂の名前、何ていうか知ってるか?」

「え?んー、わかんない」

「急な坂だ」

家へ着くと直人は早速自転車を降ろして、千歳が乗り易いようにサドルの高さを合わせたりした。

「よし、乗ってみ」

千歳は初めて乗る自転車にまたがると、地面に足を付けながらヨロヨロと前へ進んだ。

直人は心の中で「うかつだったあ。補助輪をつけてねぇ!」と戸惑っていたが、何とか支えて練習させようと、片方のハンドルを握った。

「両足で漕いでみろ」

「んー…」

「支えてるから。ほら、早く乗れるようになりたいんだろ?」

千歳はようやく両足を地面から離し、ペダルを漕いだ。

「そうそう。もうちょいスピード出さないと倒れちゃうぞ」

千歳は集中しきっているのか、話を返さなかった。

二人が七五三木家の前に差し掛かると声がした。

「おう直人」

「ああ、京平か」

「お、自転車練習か。最近紗和も乗れるようになったばっかりなんだよ」

その時、庭の奥から紗和が顔を出した。

「ちとせちゃんだ!こんにちはー!」

「噂をすれば」

「もしかして自転車のれんしゅう?」

「そうだよ」

「私がおしえてあげる!いいでしょー?」

は直人と京平を見て言った。

「ほらー。自分が乗れるようになったからって」

「いいじゃんケチ」

「私も紗和ちゃんにおしえてもらいたい!」

直人は軽くショックを受けながらも「じゃあ、お願いしようかな」と千歳を預けた。

「じゃあその間にちとせの机を組み立てるとするかな。俺たち今、ちとせの机を買ってきてさ、組み立てなきゃいけないから、その間、ちとせを見ててもらってもいいか?」

「もちろん、全然」

「んじゃ宜しく」と、七五三木家の庭に案内される千歳を見送ると、直人は家へ帰り、千歳の部屋に机の部品を運んだ。一つ一つ大きな部品から組み立てて、机と言えるくらいの形が出来上がった頃には、窓から夕日が差し込んできていた。

直人は千歳の部屋の窓から外を見ると、千歳達のいる七五三木家の庭が見えた。窓を開けると千歳や紗和の声が聞こえる。その声を聞きながら「後少しか」と続きの組み立てに取り組んだ。

夕日が山と重なり始めた頃、千歳はその日の練習を終えて紗和達と別れると、家へと自転車を押した。

家の前まで来ると、隣の駄菓子屋から制服姿の女子高生が出てきて自転車に乗り、千歳の方に自転車を漕いで来るのが見えた。

「こんにちは!」

千歳が挨拶すると、その女子高生は自転車を止めた。

「ん?見かけない子ね。遠くから来たの?」

「うんん。この家に引っ越して来たの」

千歳は家を指差した。

「へー…。こんな田舎にねぇ」

そこから会話が続かないと思ったのか、千歳は以前、直人に「会話が途切れたら、相手の持っている物や服とかを褒めてみるのがいい」と言われていたのを思い出した。

「そのじてんしゃ、カッコいいですね」

女子高生はきょとんとした顔をする。

「いや、これ普通のママチャリなんだけど…。あんたの自転車の方がカッコいいじゃん」

「ありがとうございます!でもまだれんしゅう中なの」

千歳は家のガレージに自転車を押しながら「またねー」と片手を振った。

家へ入るなり「ただいまー!」と声を上げる千歳を見届けると、女子高生はまた自転車を漕いだ。

二階へ上がり、千歳は自分の部屋の扉を開けた。

「おーちとせ。乗れるようになったか?」

「まだむずかしかった。けど少しは乗れるようになったよ」

「さすがだな」

直人は最後のネジを固く締めた。

「おぉー」

「シンプルな設計で助かったよ。ほら、座ってみ」

ちとせは椅子に座ると、両手を机の上に広げた。

「大きい!木のにおいがする」

「新品だからなー。よし、夕飯にしようか」

直人は最近、凝った料理をしようと様々なレシピを試していた。

この日はパスタを茹でながら、千歳のリクエストであるサラダを作っていた。直人が野菜を切っていると千歳が寄って来た。

「わー、じょうず」

「いや、今まで何回夕飯作ったと思ってんだよ」

「どこでりょうりをおぼえたの?お母さん?」

「んー、でも高校の頃にレストランの厨房でバイトしてたから、そこで色々と教わったのが最初かな」

「プロにおしえてもらったの?」

「…まぁ、プロだったな」

「おぉ」

直人が少し大きめの皿にサラダを盛り付けると、千歳がテーブルへ運んだ。

「ししょう!わたしにもりょうりをおしえてください」

「うむ、弟子は取らないよ」

「えー…」

「もうちょい大きくなったら、簡単なのから教えるから」

「ほんとに?」

「ああ」

茹で上がったパスタを皿に移していると、料理とは別の香りが直人の鼻をくすぐった。直人にとってその香りは懐かしく思え、そっと隣を向いた。

誰もいないその空間に向かって「燈?」と小さく呟いた。

それから数秒の間、手が止まったままだったからなのか、千歳が「どうしたの?」と呼びかけた。

「ん?いや、何でもないよ」と直人は夕飯をテーブルの上に並べた。

「いただきます!」と元気に言った千歳は、小皿にサラダをよそった。

「来週からちとせも小学生か」

「がっこうって、とおいの?」

「まあまあかな。でも入学式は一緒に行くし、 紗和ちゃんと一緒に登校するだろ?」

食べながら千歳は、直人がトマトを避けながら食べている事に気がついた。

「トマトきらいなの?」

「いやまぁ…。そうだな」

「トマトはリコピンがいっぱいはいってるんだよ。たべないとダメ」

「…ごめんなさいさい埼玉県」

いったい、俺がちとせを育ててるのか、俺がちとせに育てられてんだかと思いながら直人はトマトを食べた。


Thank you for reading.


つづく